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08.9.15 旅行準備

夢にみた北欧旅行にほんとうに行くことになった。
今まで買い集めてきていた北欧の載っている雑誌や本をひっぱりだして、いきたいところをマークする。
夜寝るまえに、かごめ食堂の映画をみた後にかった片桐はいりのフィンランド滞在記を読みながら、気分をたかめて疲れて寝る。
ここ連日、一緒にいく名古屋夫婦のよめさんのほうと電話でホテルはどこにするか、と何度も打ち合わせ。
そんなこんなで、だんだんと旅の予定がだんだんと決まってきているんだけど、猫のことがまだきまらない。
最後のとりでの、ペットシッターさんにどうしてもまだ踏ん切れないのだ。
昨日は夜中2時過ぎまで猫のことで話し合い、お願いできそうな人をかんがえる。むしろもう一緒につれていきたいくらいである。ああ、ごめんよ。
猫のことを思うと、楽しい旅の予定もきゅうに申しわけない気分になるのである・・。

08.9.11 きょうのふぁっしょんと、その他のはなし

夏もおわりにちかづいて、半袖だけど重ね着をたのしむ。
naruseのブランドを立ち上げてからは、自分でデザインした服ももちろんよく着る。
今年の夏、いちばんよく着たんじゃないかと思うのは麻のサロペットパンツ。長い髪の毛だったときは綿麻のハンチング帽とあわせて、ショートカットにしてからはボリュームのあるピアスであわせることが多かったな。
足下は、バレエシューズ(いっぱい歩くとき)かヒールのあるパンプス。(あんまり歩かないとき)
そうそう、naruseでのカタログで写真の黒いネックレス(?)を一緒にコーディネイトしてうつしたのだけど、naruseの商品の問い合わせとおなじくらいこのネックレスの問い合わせも多かった。
残念ながらわたしが作ったものではなく、神戸のよく行く古着屋で購入したもの。古着屋に置いてあった商品だけど、だれかの手作りなんじゃないかと思う。そこの古着屋、ほんとうに気に入っていてお店にはいるとかなり長い時間物色する。ディスプレイとスタイリングがとてもかっこいいのである。お店の名前がいつも覚えられないんだけど、criticoやaliがはいっているビルにあるところ。
こないだ、だんなはんを待っている時にはいった本屋で、立ち読みしているうちに全部よみたいと思って買った本。スタイリストの伊藤まさこさんの本である。
伊藤まさこさんは、松本に移り住んだという話を実家のほうからときどき耳にしていて、むこうではかなりのビックニュースだったので、わたしも松本の友達やうちの両親に話をきいては、ミーハー心に火をつけて聞いていたのである。
うちの父母も何かのパーティで、まさこさんにお会いしたらしいのだけど、父母はそんなに有名な方だとは知らなかったらしくて、かわいい人やったで〜なんか本とかも出してて頑張ってる人らしくて、娘さんもかわいい子やったわ〜。と言っていた。知らないって、逆にうらやましい。知ってると過剰に意識してしまうもの。
いやはや、わたしはミーハーなのでまさこさんが松本に移ってからというもの、ミセスの連載をみていたり、雑誌で松本特集をまさこさんとともに出ていると、つい気になってみてしまうのである。

長野県の安曇野に実家が引っ越してから、はや17年ちかく。
わたしは、高校を卒業して大阪の学校に進学して3年大阪にいたのち、就職もせず今やっているようなことを始めていたのだけど、全然食べていけなかったのでいったん実家のある長野に3年程帰っている。
まさこさんの長野をみる目線っていうのは、この大阪から帰ってから実家のある長野で過ごした3年に感じた目線とちょっとかさなってみえて、勝手に共感しているのである。
わたしの場合は、ものがたくさんある都会からなんとなく失意とともに帰ってきて、その後出会った人とともに住んでいる場所が、都会にはないよさがある場所だと気づいたところから始まるのだけど。

まさこさんの本を読んでいて、もうひとつ共感するところが主婦と仕事を両方こなしているところである。
共感というと、ちゃんとこなしているみたいだけど私の場合はこなすための心意気を教えてもらえたようでうれしいのである。
先週まで、とても忙しい日々がつづいていたので仕事と主婦と、こなすのがたいへんな日々だった。
洗濯物はとりこんだ後たたむ元気が残っておらず、だんなはんが洗濯物の山から着る服を選んでいる様子をみて申しわけない気持ちになったり、掃除も掃除機をだすのがひと苦労に感じて、クイックルワイパーでふくくらいになっていたり。食事も、冷蔵庫にあるものでほんとうに簡単にできるもの、買い物にもいかず、仕事優先で家事は、基本(食器洗い、ごはんをなんとか作る、ゴミを出す)をこなすだけで精一杯だった。
だんなはんも私以上に忙しくて、毎晩帰りも遅かったので家事の分担も頼めず、わたしも働いているのに〜とイライラとしてしまったりした。疲れて帰ってきて嫁はんがイライラしていたらだんなはんも気の毒である。
そんな時にまさこさんの本を寝る前に少しずつ読んで寝ていたのだけど、全国を仕事でとびまわりながらも(旅先での日記と松本での暮らしの日記と半々くらいなのがびっくりである)日々の暮らしをたのしく、いきいきと元気に過ごしている様が素敵だった。家事をたのしくこなすって、女性としてほんとうに憧れである。
わたしも働いているのだから、だんなはんももっと家のことを手伝ってくれたらいいのに。というのは、結婚してからずっと続いている愚痴である。
でも、仕事でふらふらになりながらも、とんとんとんと、まな板の上で野菜を切っていると仕事でのもやもやが、すっきりしてくるのである。これは料理と仕事をこなしている女性(男性も)はわかるところだと思う。
料理って、短時間で完成する作品(というと随分えらそうだけど)だからなのかもしれない。ちゃんと終わるからスッキリするのかな?しかもおなかも満足するしね。
そうそう、夫婦喧嘩をしたときも料理をつくっているとイライラがなぜか治まるというのも、発見である。
そして、そのできたごはんをふたりで食べているうちに、しらないうちに仲直りしていたりもする。
女性にとって結婚をして仕事を持つというのは、まだまだたいへんな時代なのでは。男性は意外と毎日家事を手伝ってくれる人って少ないんじゃないか。女性はこれに子育てが加わるのだから、仕事をつづけていくって大変なことやろうなあ。と想像する。
かといって、仕事をやめたいかというとわたしはそれは絶対に嫌である。
どれもバランスよくこなせた一日っていうのは、すっきりしていてささやかで幸せな一日になったりする。
そう考えると仕事と家事と両方持っているというのは、生きる上でいいバランスなのかもしれない。
女性はたいへんである。でも、女性でよかった。
でも、だんなはんにももう少し家事を手伝ってほしいものである。という意見は変わらないのである。
猫がまたもややぶいた障子のはりかえ、荒れている庭の手入れ、窓ふき、廊下のぞうきんがけ、家事はやってもやっても終わらないのである。
だんなはんは今、仕事がやってもやっても終わらないそうなのである。・・・

08.9.8 しごとは楽しいな

ホームページが変わりました。
長年やっていなかった大掃除ができたような気分で、いい気分。
というと聞こえはいいけれど、先々週からはじめたこの大掃除はなにかに取り憑かれたように没頭してしまったので、ほんとうに大変だった。自分で自分のコントロールが効かない恐怖。というと、大袈裟だけど本当に集中して朝から深夜までパソコンの前に座りぱなし。その期間中のごはんは、冷蔵庫にあるもので作っていたので、買い物にもいっていない。なにを作って食べていたのかも思い出せない。ちょっとだけ痩せた。
ホームページをつくるという作業、ほったらかしにしているときは面倒くさいだけなのに、やりだすと本当に楽しくてとまらない。私の中では本を一冊つくりあげていく気分で作ってみるので、イラストや写真を配置したりして雰囲気が、がらりと変わる瞬間などぞくぞく〜〜とするほど、たのしい。
ホームページ作りは、作品つくりの一環でもある。
ある日のハナシのシも、データーがたまりすぎてこれからも増え続けるしと悩んだ挙げ句、ここは時代に合わせようと、ブログをいじっていたりしたのだけど、だんなはんの「前のほうがいい。」のひとことで、結局もとに戻す。

couleurでは、イラスト×プロダクツというページもできた。
まだ商品のほうの値段などが正確にきまらないので、(以前ちょっとだけアップしてみたのだけど今はまだ準備中)もう少ししたら新作をアップ予定。ひさしぶりに、couleurの雑貨も再開です。
naruseでは、秋冬ものがスタートする。9月はいろいろと入荷してくるので、これから10月中旬頃まで、新作の撮影とページつくりを順にやっていくことになりそう。
写真は、デザイナーみずからがうつるカタログ撮影。ついてるねのってるね

週末は、名古屋の友達夫婦が泊まりにきて京都音楽博覧会という野外フェスに行く。
野外フェスというもの、わたし初めてである。
くるりが主催の去年から始まったおんぱくというもので、小田和正や細野晴臣、レイハラカミ、ハンバートハンバートらが出演。最後のアンコールで、細野晴臣とくるりのデュエットのときは、うれしすぎてぞくぞく〜と震えてしまった。
フェスって運動会に似ている。初参加の感想としたら、もっと紫外線対策をしないといけないんだな。まっくろけになってしまった。でも、らいねんも必ずや行きたい。
一緒にいった名古屋の夫婦とは、来月一緒に北欧に新婚旅行にいく。その打ち合わせも兼ねていたのに、ほとんど何も決まらず、名古屋組はスウェーデン、私達はフィンランドと役割を決めて計画をたてることに。
猫にはわるいけど、ほんとうに楽しみである。
マリメッコ、ムーミン、かもめ食堂、アラビア社、とはりきって言うわたしに、「なるせまんって、案外ベタよね」と名古屋組にぼそっと言われる。ベタでけっこう。アキカウリスマキだって行く前にちゃんと全部みておくつもり。そういう名古屋組は、なんとかというミュージシャンが使っていたというスタジオをみにいきたいと言う。スウェーデンから片道5時間かけて、スタジオだけ(中にはいらずに)物陰から見るだけなんて。シュールである。たしかにそれに比べたら私はベタである。
日曜の夜は、お世話になった編集者の方の結婚式の二次会にいってくる。優しそうで知的なだんなさんと幸せそうだった。ひさしぶりにサリダでお世話になった方々とお会いする。素敵になっていたカメラマンの方が隣に座ってたのしい気持ち。でも雑誌の仕事をしていた頃の方に会うのは、ちょっと緊張するなあ。もうあの頃の気分には戻れないもんである。フランス料理をしっかり食べて帰る。
その晩、だんなはんの妹が11月の結婚式の打ち合わせで泊まりにくる。アトリエでnaruseの服を着てもらったらとても似合っていたので、今度からモデルさんをやってもらおうと思う。メイクを勉強していた妹ちゃんは、今後いろいろと世話になりそう。若いっていいなあーと妹ちゃんに会うと必ず思ってしまう。24歳は、こんなにもキラキラしているものなのか。お肌がつやつや。たった5年前なのに、ずいぶんと自分が老けてしまった気がする。(だんなはんもうなずく)

仕事をしながら、ふと野外フェスのことを思い出す。
夕焼け空の中きいた、スウェーデン人のゴスペラーズみたいな人の歌もすごかったなあ。レイハラカミの音も心地よくて幸せだった。しばらくこのふと思い出すというので、幸せな気持ちになれそう。ヤノカミと、PUPAとくるりをディスクにいれて、ずっと回転させている。
ヨガをちゃんとつづけよう。となんとなく思う。

08.8.26 ここ最近のいろいろ

ここ最近のいろいろ。
兵庫県立美術館に横尾忠則の冒険王をみにいく。長野から弟のりょうくん、奈良から従姉妹のなみちゃん、滋賀からイラストレーターの三谷さん、京都から三谷さんの友達のイラストを描いている西さん、そしていつものだんなはんで、ぞろぞろと列をなして行く。横尾さんは叔父にあたる人なのだけど、今まで一度も会ったことがなくて、その日は公開制作があったので初めてご本人に会うことができた。父にも亡くなった祖父にも似ていてちょっと懐かしい気持ちになるのだけど、一方でとても有名すぎて緊張して挨拶するのが精一杯だったというのがへんな感じ。横尾さんのブログに親戚のひとたちがきた。と書いてあったよ。と、だんなはん。

週末は、万華鏡作家の金川さんという仲良しの友達に会う。だんなはんも一緒に3人で苦楽園にある6cというギャラリーにいく。文房具展がやっていて懐かしい文房具をみる。
ギャラリーを運営している多喜さんに苦楽園界隈のおすすめスポットを教えてもらい、夙川沿いのanjicoという器ギャラリーにいく。すてきな形の醤油さしを買い、お店の方と話していると私のサイトをみたことがある。とおっしゃってくれて嬉しかった。住宅街にある小さなお店なんだけど空気感が長野にいるみたいに涼しげだった。
その後おいしいイタリアンを食べ、今度はリアンというブティックに行く。ここは、ちょっと憧れのお店でnaruseを始めるときの目標にもなったお店。こんなお店で置いてもらうことができたら・・という夢である。おいてある洋服ブランドのセレクトがとてもワクワクするセレクトなのである。統一感がないようであるようで、よくあるセレクトではないのが嬉しい。店主のセンスの高さがうかがえる。そこにいくと必ずほしいものがみつかってしまうので、時々しか行かないのだけれど(みつかったら買うしか道はない)おそるおそる行くと、やっぱり出会ってしまった。下の写真がそれ。このワンピース、これが後ろ姿なのである。

フロントはおおきめの丸襟で、タックが何本かセンターにはいっているデザイン。
わたしは、後ろ姿がかわいいデザインがとても好きなのである。ギャザーがはいっていたり、釦であけしめがあったり、襟の形であったり、バックスタイルに個性がある服ってとてもすてきだと思う。
普段、だんなはんと一緒に洋服を買いにいくのはやめているんだけど(金銭感覚がちがう)金川さんがいたので迷うことなく買ってしまった。お店をでると、「おれのこのパンツ、高校のときからの!帽子1000円!この革の靴なんてもうボロボロ!(裏返してみせると革がだらりとなってる!)」と言われる。金川さんが「なるせさんは仕事柄こういうのは必要なのよ〜」と言ってくれる。そうそう、といいつつも今月はちょっと買い物をしすぎていることを反省しつつも、とくべつな洋服を買うことができてとても幸福なきもち。(これを読んだら間違いなくだんなはんが、なにが幸福なきもちだー!と言うにちがいない)
リアンの店主さんに教えてもらった、タバサというカフェへ行く。まだオープンしたてのお店。1階がうつわのお店で2階がカフェである。黒と濃い木と白い壁のイメージかな?センスがいいお店だった。
店主は建築関係のお仕事をなさっている方らしく、建築関係の雑誌や本がたくさんある。
だんなはんが金川さんと仕事の打ち合わせも兼ねていたせいか、店主さんに「雑誌の仕事かなにかしてるの?」と聞かれ、いろいろと話をさせていただく。将来、家を建てるときがきたならば(きたならば)相談させていただけそう。まあ、きたならば。だけど。
なんだか珍しく、行く先々で出会った方との話に花がさいた一日だった。
金川さんとは、だんなはんと友達どうしだった頃からのつきあいで、みんなで遊んでいた友達のなかのひとり。
そのせいか、その頃の友達と会うととても心地よくてリラックスした気分になる。だんなはんもいると、みんなでワイワイしていた頃の感じに戻ってたのしい気持ちになる。ほんの1年間くらいの出来事なんだけど、その1年の間に出会った友達はとてもたいせつな友達になっている。

昨日は、手鞠をつくっている布さんが我が家へやってくる。
高知へいってきたらしく、おみやげに鰹や朝市で買った野菜をもってきてくれて2人で一緒に夜ごはんを作って食べた。予定では、他にもう1人くるはずだったのだけど来られず。2人で姉妹みたいにしてせっせとごはんを作っていただきます。と食べているのがなんだかおかしいけど、なかなかない感じで楽しかったな。

そんなこんなで、なんだかにぎやかな日々がつづいた夏の終わり。
きゅうに秋の風になってきたけど、また残暑はもどってくるのだろうか。涼しくなって嬉しいけど、夏の終わりっていつもなんだか、寂しいようなやり残したことがあるようなそんな気持ちになる。
小学生も、残り少ない夏休みを思うと絶望的になっている時期である。

08.8.18 なつのおもいで

名古屋に住む友達夫婦のよめさんのほうから青森みやげ。
色合い、すごくいいね。

バナナムーンの兄夫婦から届いた、長野県の野菜セット(ほかにもいろんな野菜が)
野菜って、こんなにあまかったっけ?!やっぱりスーパーで買う野菜とはちがうわ〜

盆がすぎると、秋のおとずれ。
とはいうものの、大阪へ越してきてからは全然そんなの感じることがなかったなあ。
でも、昨日ひさしぶりに木テーブルに秋の個展の打ち合わせに行ってきて、梅田でちょっとだけ寄り道したあと、夕方頃に川西池田の駅につくと(最寄り駅)涼しい風が!夏の夕暮れって、こんな感じだったなあ〜と思い出す。大阪はまだモヤ〜と暑かった。

お盆休み、だんなはんがいつも以上に忙しく仕事に追われている感じだったので、なんとなく私も休みでもなく仕事を一生懸命するでもない、なんだか中途半端なお盆を過ごしてしまった。
DVDを借りてきていたので、アンナとロッテをみる。今、読んでいる河合隼雄さんの本に引用されている児童文学と同じタイトルの映画だったのだけど、どうやら話は原作とはちがうみたいだった。
河合隼雄さんの本を電車で読むのがつづいている。いまは、こども関連、家族関連のものを読んでいる。
こどもができたらまた読み返そう。と思うような、子育てで困っている方は読んでほしい本。
「家族関係を考える」「子どもの宇宙」「子どもと学校」をつづけて読む。
こないだ、だんなはんが30歳になってその誕生日プレゼント(記念というべきか)に、ほぼ日というサイトから5万円くらいもする吉本隆明のDVDセットを買ってたりなんかして、夫婦の会話がなんとなく親鸞のことや哲学のことやこないだは終戦記念日だったからか、戦争の話や、なんだかちょっと真面目くさくて実のある会話をしていて、なんとなく知的好奇心がでてくる貴重な時期なのであーる。

でも旅行もいかないし、だんなはんは仕事でいないし、友達との約束もないし(・・受け身)、猫が脱走騒ぎを2度もおこして、ちょっとだけご近所さんとのふれあいもあって嬉しかったのだけど、夏だしやっぱりなんだか遊びたいのである。
そんな中、先日だんなはんの取材仕事の中で、エキストラとして参加するということをしてきたのである。海にいけるということや友達がいるということや、カメラマンも親しくしている人だったので、遊び気分で参加してきた。
海のそばの公園での撮影で、海に沈む夕日をみることができて感動。仲良しの友達が一緒だったので楽しい撮影だったし、終わった後に飲んだビールもおいしかったなあ。なんだかしあわせないい日だった。
秋にでる雑誌の表紙にだんなはんと私と友達が載るらしい。(ほかにも何人か)夫婦共演でなんともちょっと恥ずかしいのだけど、(わたしはエキストラだし)昨日あがってきた写真をみせてもらったらとっても素敵だったのでいい記念になって嬉しい。写真の中の私達は、なんだかすごく夏を満喫しているようで(私なんかは暇すぎて来ているのに)それを見ていると、本当にいい夏をすごした気分になってくるから不思議なもんです。発売されたらなんの雑誌かこっそりおしえます。だんなはん、ダサイダサイとこきおろしてきたけど、結婚してちょっとおしゃれになってます。

さて、お盆休みもついにおわり。
日常に戻っている世間のリズムが伝わってきて、俄然今日は仕事に実がはいる。意外と影響されるもんだな。
明日は、春夏のサンプル制作の打ち合わせで、東さんとひさしぶりに会ってくる日。
クルールも、かばんや雑貨をまた再開予定。naruseも、もう少ししたら秋物が入荷してくる。さてエンジンかけてがんばるぞ。とその前に、夜ごはんの準備をしなくては。。主婦業はやすみなしっす。(いう程してないか)

08.8.12 夏の一日

暇である。
いや暇というか、暇である。
お盆休みなのに、だんなはんは仕事に明け暮れている。私はあれから(↓)なんとかアイデアもでてきてでてくると勢いがついて、すごいスピードでまとめあげてしまった。その後、生地の発注やらなんやらをしているのだけど、お盆休みである。そこでとまっている。
暇といっても、土曜日にはひさしぶりにソーイングギャラリーにだんなはんと車を走らせていってきた。夏のソーイングギャラリーはとても夏らしくて、クーラーなんてものはないのだけど、自然の風をあじわうことを教えてくれる。そして蚊とり線香のにおいと、いつもだしてくれるお茶の味が、変わらずそこにあった。

ソーイングギャラリーの帰りに車なので、と私の育った町、交野市の倉治というところに行ってみる。わたしは、生まれは寝屋川で、倉治には3歳の頃から小学校の5年生くらいまでいた町だ。
長野へ引っ越してからも、何回か訪れたことがあるんだけど訪れるたびに、もう自分の居場所がない。ということや、こんなにも狭い道だったかな、ということが、なんだかショックで寂しい気持ちになるので、最後に訪れたのが20歳くらいで、それからもう何年もいったことがない町。
でもだんなはんにも、なんとなく私が育った町というのを見てほしくて久しぶりに行ってみたい気持ちになったのだ。
おぼろげな記憶から、ある場所を境に、きゅうにあの頃の風景やにおいや思いがぐんっと迫ってきた。
それはなんだかタイムスリップしたような気持ちに近いのかもしれない。
若い頃の父と母の姿も、急に思い出した。
一度、保育園の頃に同級生数名で迷子になったことがあった。夜になっても帰ってこない子供達を心配して、それぞれの親が集まって探しまわったのだという。
迷子になった友達のひとりが、お姉ちゃんが遠くの病院に入院していて、そのお見舞いにみんなでまだ車輪のついた小さな自転車に乗ってでかけたのだった。いつも母につれられて通る道からも見える、大きな病院ですぐそばのような気がしていたのだけど、小さい子供が小さい自転車に乗っていくには、とても遠い道のりだったのだろう。でもその病院にはなんとか着いて、病院からの帰り道で迷子になってしまったのだ。
どんどん暗くなってくる中、もう帰れないかもしれない。という不安が子供ながらによぎり、でも怖いのでみんなそれを口にせず、もくもくと自転車をこいで前に進んだ。
信号機の赤や青が、暗い中に糸をひくような灯りでうつり、友達の自転車をこぐ後ろ姿と、車輪がしゃんしゃんとアスファルトの上を進む音だけが、響く。途中から、方向がわからないまま、でも恐怖のあまり立ち止まれず、ただひたすら、進む。
あれは何人の友達がいたのだろう。途中、2人と3人くらいに分かれてしまうのだ。はぐれるというのに近いのかもしれない。あとから聞いた話だと2人のほうの子達は、なんとか自力で家にたどりつくのだ。その子達のおかげで他の私達を含むあと3人が、どこにいって迷子になったのかがわかるのだ。
そして私達は、途中で優しいおばちゃんに助けられて、警察までつれていってもらう。
でも、その頃のわたしは住所も電話番号もわからなかった。友達もそうだった、のだと思う。
極度の恐怖から、優しくしてくれるおまわりさんも怖い人に見えてしまって、けして心をひらくまい。と誓ったように、一言も喋れなかった。おまわりさんは、私達に氷砂糖の飴をくれるんだけど、私だけは拒否し続け、食べなかった。友達は「なんで食べないの?」という不思議な顔をしている。
その時の蛍光灯の明るさの感じとか、おまわりさんの制服の感じとかは、今でもしっかりとおぼえている。
それから次に思い出す場面は、神社の前の交差点だ。
信号のむこうに、父と母がいる。たぶん、母は一番下の弟が生まれたばかりの頃じゃなかったか。
夜の風景の中に、信号の下で心配そうにしている父と母の姿をみて、はじめて私はほっとして駆け出していったのをおぼえている。家に帰ったら、暗い部屋で父に初めてゲンコツで頭をコツンコツンと2度ごつかれる。それが本当に痛くていたくて、涙がとまらなかった。

だんなはんと、その神社の前の交差点に出た時に「わあー懐かしい!」と言葉を出した途端に、きゅうに涙があふれ出した。びっくりするくらいの思いが、おなかの底からぶわっと吹き出たような感じ。
どの風景も、懐かしくあの頃のわたしがいるようだった。いつも遊んだ児童公園、いつもお菓子を買いにいった奥野ショップ、大好きな先生がいた倉治保育園、初めておばあちゃんと蛇をみた、はたもの神社!
もう走馬灯のように流れていく景色をみながら、わたしは子供の頃に戻っていったのだと思う。
幼い頃のかわいい弟や、おしゃれだった姉の姿、亡くなったおじいちゃんの顔、若いまだ30代の頃の両親、近所の優しいおばちゃん、友達、なんだか忘れていたいろいろなことが、ちゃんとまだ私の中に残っていた。
笑いころげるだんなはんの横で、わたしは泣きつづける。
わたしの子供時代は、ほんとうに幸せなものだったということ、そしてもう戻れないくらいの時間がたっているということを、初めてわかったような気がした。
私達家族が住んでいた家は、高速道路の工事がすすみ、あとかたもなくなっていた。
でも、自然が多いことには変わりなく、今ある長野の実家よりも田舎のような感じがした。夏の緑で生い茂った森みたいなところの先には、河童の足跡があった沼があったな。とか、ときどき現れる浮浪者は、その森の仙人だと思っていたことや、住んでいる世界とちょっとこわい闇の世界の存在を信じていた境界線も、ちゃんとあった。ちいさい町だけど、なかなかいい町だった。
私は、きっと大人になったんだなあ。と思った。

車からは一度も降りずに、流れていくだけの景色をただ見ていた。降りたくなかったのは、現実に今の時間を刻んでいるということを、しらないままに帰りたかったから。
あの頃にタイムスリップした夢をみたような気持ちで、いたかったから。
でも、こんなにも近くに私の子供時代があったんだ。と、思う。
長野よりもそれはとても遠い場所で、もうない場所のような気がしていた。
あったんだなあー。
なんだか、母の声が聞きたくなった。30代の頃の母に会いたくなった。

なんだか書きながら、自分に酔ってしまった。
ちょうど、子供時代が終わる頃に引っ越しをして、子供時代がきれいに切り取られた形になったんだろう。
その後むかえる、思春期は楽しいというよりもなんだかつらく切ない気持ちになったり、自分という存在がぼんやりしたり、人をすきになったり、女性に変化していく戸惑いや、なんだか複雑になっていくのである。
中学高校と長野県で過ごすのだけど、ときどき帰っても、なつかしいなあ。というおなかの底からわいてくるような感情にはあまりならない。ちゃんと今の延長線上にある事実であって、家もあるのでちゃんと時間が流れているのを知っているのだ。

長くかいてしまった。夜にかく文章は恥ずかしくなるというね。
今日は、オリンピックをみただけのなんだか暇な一日だったのである。いや、暇ではなかったか。
北島選手の金メダルをとるシーンを繰り返しみて感動した一日だったのである。

08.8.1 ひやり

8月にはいった。
子供のとき、8月になったとたん急に終わりへのカウントダウンが少しずつ始まるようでひやりとしたものだったな。7月中の夏休みは、あと1ケ月と3日ある。とかなんとかいって夏休みの最後をあまり感じずにいられたのだけど。
なんだか今年は本当に、小学生の頃の夏休みを思い出してしまう。
きっと今住んでいる町が、幼少期を過ごした交野市とちょっとだけ似ている所があるからだと思う。
ちょっといくと、手つかずの自然がまだあったりするところや、駅が地下鉄でなくてちゃんと地面をはしっていて、背景には山がある感じだとか。
夏は、暑いのが苦手なのであまり好きじゃなかったのに、それは大人になってからの話で、子供の頃は夏はだいすきな季節だったのを思い出した。夜がながい感じだとか、夕暮れの涼しい風が吹いてくる感じだとか。
こないだ、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」をだんなはんとみてきた。
2人で、劇中きっと泣くようなシーンではきっとないだろうところで、涙がぽろぽろ。おもいでぽろぽろ。
あれはなんなんだろうなあ。と終わったあともよくわからないのだけど、思い出させてくれてありがとうよ。という感じだろうかね。
それにしても、宮崎駿がいる時代に生まれてこれて本当にしあわせ。ほんとうにほんとうに幸せ。

夏になってから、みた映画。西の魔女が死んだ。崖の上のポニョ、歩いても歩いても、どれもよかった。
9月に公開の、グーグーだって猫である。は、今からたのしみにしている映画。

そうやって外にばっかり目がむいている。
いま、次の春夏のデザインを考えているところなんだけど、なかなか、なかなか、前にすすまない。
すらすらすらーとでてこない。
多分、今までのは自分の中にあったもの。こんなのがほしい、あったらいい。というようなもの。
作りたかったけど、つくれなかったものなので、自然に浮かんできたものをすくう。という作業だったのだけど、今回はそれプラスのなにかがほしい。
変わらないことは素敵だけど、わたしは少しずつ変わるものに惹かれるので、あたらしいものがでてくるドキドキ感やワクワク感を、みてくれる人に感じてもらえるようでありたい。
と、えらそうなことを書いてるのに、あと一歩のなにかをみつけたいという理由のもとに、外にでるんだけど映画みたりふらふら遊んでしまったり、アイスクリームを食べながら読書してたり、夏だねえ〜なんてのんきに過ごしてしまっているのである。
ずっと見て見ぬふりをしていた、こどもの夏休みの宿題みたいで、だから8月になったとたん、ちょっとだけひやりとしているのかも。
そういえば、夏休みが終わる2日前くらいから、半泣きで大量の宿題を弟たちとやっていたなあ。先が見えなすぎて、絶望的になっていたっけ。それにくらべたら、まだマシかあ。

08.7.28 西加奈子

西加奈子というひとの書いた小説にはまっている。
写真にはうつってないけど、「きいろいゾウ」というのをだんなはんの本棚でみつけ、その後、あおい、さくら、しずくと読みつづけている。今晩から、通天閣に手をだすところ。
関西のぴあにいた方だそうで、意外と身近な友達数名から「会ったことあるよ」と聞くのだけど、ただのファンになってしまった私にとっては、会ったことがあるなんてちょっとうらやましい。
どういいのかと言うと、なんというか、おもしろい。
大体、同じ作家の本を続けて読むと3冊目あたりから結構飽きてくるんだけど、飽きず。
ひととおり、出ているのは全部読んでみようと思っている。
昨日まで、しずくという短編集を読んでいたんだけど、2話ほど泣いてしまうものもあった。小説で泣くなんてあっただろうか。同世代だからはまるんだろうか。うまいんだろうか。はやっているんだろうか。関西人だからだろうか。
なんだかよくわからないけど、おもしろいです。おすすめ。

08.7.23 ときどき真面目なしごとの話

naruseの数量限定アイテム、第2陣をやっとアップしました。
商品はもう2週間程前に、縫製をしてくれている東さんから届いていたのだけど秋冬の工場出荷準備が思いのほか大変で、なかなか撮影やらwebにデザインするやらの作業があとまわしになってしまっていました。
みなさんご存知だと思いますが、商品を着ているのはなにをかくそうこの私なわけですが、最近もうちょっとぎりぎりだわ。。と思うことがしばしばあります。
二の腕や、おなかぽっこり。今回にいたっては、足だけしろい。などなど。
本気でほかにモデルさんにお願いできないだろうか。と悩む日々です。
だからこそのデザインもうまれてくるのですけどね。(笑)

こないだまで秋冬の工場出荷の準備をしていたわけですが、繰り返すようですがこれが本当にたいへんでした。
数字が苦手の私だからたいへん。というのでもあるんですが、だんだんnaruseもアイテム数も色番も増えてきたはいいですが、それをまとめたり、どのアイテムにこの生地が何メートルいる。さて釦は何個、ファスナーは、品質表示タグは、下げ札は・・と生地以外にも洋服にはいろんな資材があるんですよね。
型紙から、このアイテムは何mいるのかと用尺計算をしたりと本当に数字と闘いながら、仕様書や納品書や発注書をおこすわけです。これが大きい会社でいう生産管理という部署なんだな。と思いながらひとり格闘しています。また、体力仕事もあるのです。生地は、メーカーから仕入れるものもあれば、倉庫みたいなところから少ない量の洋服でいうと20着分くらいのメートル数の生地を仕入れてきているのですが、アトリエには反物の生地がごろごろ転がっていまして、それを梱包して工場に送るのです。
でもこちらも私ひとり、反物にビニールをかけて紐でしばったり、それを階段下の玄関まではこんだり。(だんなはんも巻き込まれる)もう汗だくで、今だと秋冬ものなのでウールものとの格闘はかなり壮絶。
そしてぎりぎりまで悩み続けたのが、運送屋さん。
たくさんの反物なので、宅急便で送るとなるとかなり高くなります。もうびっくりするくらい。
会社ではないため、安く契約できないので運送代金というのがばかにならないのです。ネットで日夜、個人でも受けてくれる安いサービスはないだろうか、と探しつづけました。
なんとか、送る日の前日に「これだ!」という運送サービスをみつけ無事に発送できたわけです。
前回までは、本町というビジネス街にいたので縫製工場の人が資材もついでに持っていってくれていたのですが、今や宝塚という普通の住宅地なので、自分でなんとかするしかありません。
引っ越したときから、運送屋さんをどうしようと悩んでいたのですが、これからはもう悩まずにすみそうです。なんでも、ひとつクリアすると自信がつきます。
そんな私が今考えているのが、今のシステムではこれからちょっと大変になってしまうかも。ということで、会社までとはいきませんが、今までわからないから無視しつづけてきた個人企業のこと。ネットで勉強中です。
わたしは昔から勉強は苦手でしたが、(もちろん成績もあまりよくなかったなあー)こういうことになると俄然がんばるタイプ。インターネットのHPづくりも、洋服の生産システムも、いろんな人の力を借りながらもなんとか、やり遂げるところがあります。
バランスは悪いんだけど、こういうことの大変なことは苦労とはあまり思わないのです。(愚痴はいいますが)クリアできるたびに世界がひろがる感じがあります。こういう「何か」に出会えたことは、とても感謝すべきことなんだな。と最近よく思います。
と、ついこんな真面目くさいことを書いてしまいました。
今ちょっと、新しいことを勉強していく楽しみがあるからか興奮しているのかも。

08.7.22 なつやすみ(1)

関西のこどもたちは、19日から夏休みがはじまりました。
虫とり網を持った小学生の男の子たちや、スーパーにいくと子供も一緒にお母さんやお父さんにつれられて買い物にきている姿をみかけるようになりました。
仕事はしっかりあるんだけど、なんだか気分がもう長い42日間(だったかな?)の小学生の頃の夏休みの気分です。終業式が終わってたくさんの荷物、へちまや朝顔や上履きなんかを持って友達とわくわくしながら帰った日の気分を思い出しています。
今年も、だんなはんの実家の伊勢の花火大会に行ってきました。
ひさしぶりに浴衣を着て、だんなはんの妹カップル(秋に結婚)と一緒に河原のお祭りにも行ってきました。
だんなはんの実家から河原まで、歩いていけるんだけど打ち上げられる花火を家と家の間から見ながら、4人で細い道を歩いていくときが、なんだか一番花火がきれいに見えました。
浴衣を着た若い女の子たちがたくさん河原に向かって歩いていくんだけど、可愛くなった女の子たちはちょっと同級生の男の子だったり彼氏だったりの目を気にしながら、いっそう可愛く見えるのですな。
伊勢は、ここ何年かでスピリチュアルな流行のせいか観光客がずいぶんと増えたそうで、翌日はおかげ横町のかき氷を食べてから帰ろうと思ったら、大渋滞でけっきょく諦めて早々に宝塚に帰ってきてしまいました。
宝塚の我が家では、猫2匹がゆったりとした顔で玄関まで出迎えてくれました。(暑くなってからだらだらとやってくる)
その晩は、滋賀からさやかちゃんがやってきて3人で茄子カレーを食べました。

3日間の第一弾の夏休み終了。
今日からまた仕事に家事にがんばる日々に戻ります。
naruseの数量限定の商品、今週中にはアップ予定です。またよかったらみてください。